手術の現場で欠かすことのできない医療機器、電気メス。その多彩な機能の中に、近年多くの診療科で活用されている「ソフト凝固(ホワイト凝固)」モードがあります。従来の凝固モードとは一線を画すこの技術は、どのようなメリットを医療現場にもたらしているのでしょうか。ソフト凝固の特性から臨床での役割までご紹介します。
目次
ソフト凝固(ホワイト凝固)とは?
ソフト凝固は、その名の通り、組織に与えるダメージを抑えながら、穏やかに凝固・止血を行う電気メスのモードです。従来の凝固モードが高温の火花(スパーク)によって組織を焼き、黒く炭化させるのに対し、ソフト凝固は火花を発生させずに比較的低温で作用させます。このとき、組織は炭化することなく、タンパク質が変性することで白く凝固します。この見た目の特徴から「ホワイト凝固」とも呼ばれています。
※泉工医科工業株式会社で販売しているZERUK-W、ZERUK-Sに搭載している名称はホワイト凝固です。
どのような手術・診療科で使われるのか?
ソフト凝固は、組織への侵襲を最小限に抑えつつ、確実な止血が求められるあらゆる手術でその真価を発揮します。特に、繊細な操作が要求される腹腔鏡下手術や胸腔鏡下手術では、静脈性のじわじわとした出血に対して非常に有効です。また、呼吸器外科、消化器外科、泌尿器科(特に前立腺手術)、婦人科など、幅広い領域で活用されています。糸で血管を縛る(結紮)手間や、金属クリップの使用を減らすことにも繋がり、手術時間の短縮と患者さんの体内異物を減らすという利点もあります。
電流と電圧の秘密:「低電圧・連続波」
ソフト凝固の最大の特徴は、その電流と電圧の制御にあります。
ソフト凝固 | 従来の凝固モード | |
電圧 |
低電圧 (約200V未満に制御) |
高電圧 |
電流波形 |
連続波 |
断続波 |
作用 | 無放電(スパークなし) | 火花放電(スパークあり) |
従来の凝固モードが、休止期間を挟んだ「断続波」の高電圧を用いることで火花を発生させるのに対し、ソフト凝固は切開モードに近い「連続波」の電流を、200V未満という極めて低い電圧に制御して出力します。この低電圧制御により、電極と組織の間で火花が発生するのを防ぎます。そして、低電圧を補うように比較的大量の電流を流すことで、組織内で穏やかなジュール熱を発生させ、凝固作用を得るのです。
なぜ「白く」焼けるのか?穏やかな熱作用のメカニズム
ソフト凝固による組織の変化は、約70℃から100℃という比較的低い温度で起こります。
1.低電圧の連続電流が組織に流れる。
2.組織内でジュール熱が発生し、穏やかに加熱される。
3.組織内の水分がゆっくりと蒸発し、タンパク質が変性する。
4.組織が沸騰・蒸散したり、焦げて炭化したりすることなく、白く均一な凝固層が形成される。
この凝固層は弾力性を保っているため、手術器具で掴みやすいという利点もあります。
ソフト凝固がもたらすメリットと、知っておきたいデメリット
メリット
【低侵襲性】
組織の炭化や過度な熱損傷を防ぎ、周辺の正常な組織へのダメージを最小限に抑えます。
【確実な止血効果】
血管をじっくりと閉塞させるため、後出血のリスクが低いとされています。
【良好な術野】
煙の発生が非常に少なく、手術中の視界がクリアに保たれます。
【再凝固が可能】
万が一止血が不十分でも、凝固層が炭化していないため、同じ場所を再度凝固させることができます。
【組織の性状維持】
凝固後も組織が硬くなりすぎず、手術操作を妨げません。
デメリット
【切開能力の欠如】
火花を発生させない原理のため、組織を切開することはできません。
【凝固速度】
従来の凝固モードに比べ、凝固が完了するまでにやや時間がかかる場合があります。
【血液の影響】
術野に出血が多いと、血液にエネルギーが分散してしまい、効果が減弱することがあります。使用時には適切な吸引操作が求められます。
【熱傷】
電圧が低い分、対極板に回収される電流量が増加します。対極板の発熱を抑えるため、対極板はできるだけ大きい面積のものを使用してください。(弊社ではNEジェルパッド スプリット ラージタイプの使用を推奨しております。)
まとめ
電気メスのソフト凝固モードは、「低電圧・連続波」という独自の技術により、組織へのダメージを抑えながら確実な止血を可能にする画期的な機能です。その穏やかな作用は、患者さんの身体的負担を軽減し、より安全で質の高い手術の実現に大きく貢献しています。この「白い凝固」の特性を理解し、適切に使い分けることが、現代の外科手術においてますます重要になっていくでしょう。