心臓の手術と聞くと、胸を大きく切り開く、大変な手術というイメージをお持ちの方が多いかもしれません。しかし、医療技術の進歩により、身体への負担が少ない手術があります。その中心にあるのが、MICS(ミックス)です。
MICSは「Minimally Invasive Cardiac Surgery」の頭文字をとったもので、日本語では「低侵襲心臓手術(ていしんしゅうしんぞうしゅじゅつ)」と訳されます。この記事では、患者さんの身体への負担を劇的に軽減するMICSについて、その特徴からメリット、対象となる手術まで解説します。
MICSと従来の手術との決定的な違い
MICSの最大の特徴は、手術の傷口(切開創)が非常に小さいことです。
- 従来の手術(胸骨正中切開) 胸の真ん中にある「胸骨」という骨を、首の付け根からみぞおちにかけて約20~30cmにわたり縦に切開します。これにより、術者は心臓を直接見ながら手術を行うことができますが、骨を切るため術後の痛みが大きく、骨が癒合するまでに数ヶ月を要するなど、身体への負担が大きいという課題がありました。
- MICS(低侵襲心臓手術) 多くの場合、右の胸の肋骨と肋骨の間を約6~8cmほど小さく切開します。骨を切ることなく、肋骨の隙間から細長い特殊な手術器具や高性能なカメラを挿入し、モニターで内部を詳細に確認しながら手術を行います。
この「骨を切らない、小さな傷で済む」というアプローチが、MICSが「身体にやさしい手術」と言われる所以です。
患者さんが享受できるMICSの具体的なメリット
MICSを選択することで、患者さんは多くのメリットを得られます。
- メリット①:術後の痛みが少ない 胸骨を切らないため、術後の痛みが大幅に軽減されます。咳やくしゃみ、寝返りといった日常動作での痛みも少なく、回復期を比較的快適に過ごすことができます。
- メリット②:回復が早く、入院期間も短い 痛みが少ないため、手術の翌日から歩行などのリハビリを開始できます。身体機能の回復が早く、従来の半分程度の入院期間で退院できるケースも少なくありません。仕事や日常生活への復帰も早まるため、QOL(生活の質)の観点からも非常に有益です。
- メリット③:傷跡が小さく目立たない 切開創が小さく、また場所も脇の下に近い胸の側面になることが多いため、正面からは傷跡が目立ちません。特に女性の患者さんにとっては、美容的な観点からも大きなメリットと言えます。
メリット④:出血量が少なく、感染症リスクが低い 切開創が小さいことは、手術中の出血量を減らすことにも繋がります。また、身体の内部が空気に触れる面積も小さくなるため、手術部位の感染症リスクを低減させる効果も期待できます。
MICSはどのような手術があるのか?
MICSは、心臓外科手術の中でも特に以下の疾患に対して行われることが多く、その適用範囲は年々広がっています。
• 僧帽弁形成術・僧帽弁置換術(心臓の中にある弁の不具合を修復・交換する手術)(Mitral Valve Replacement:MVR)
• 大動脈弁置換術(同様に、大動脈弁を交換する手術)(Aortic Valve Replacement:AVR)
• 冠動脈バイパス手術(心臓に栄養を送る血管が詰まった際に、迂回路を作る手術)(Coronary Artery Bypass Grafting:CABG)
• 心房中隔欠損閉鎖術(心臓の壁にあいた穴を塞ぐ手術)(Atrial Septal Defect Closure:ASD Closure)
• 心臓腫瘍摘出術(Cardiac Tumor Resection)
ただし、患者さんの血管の状態や過去の手術歴、併存疾患などによっては、MICSが適さない場合もあります。
MICSを支える高度な技術とチーム医療
MICSを可能にしているのは、以下の3つの要素です。
1. 特殊な手術器具:細くて長い鉗子(かんし)や持針器(じしんき)など、小さな切開創から心臓まで届くように特別に設計された器具。
2. 高性能3D内視鏡カメラ:術野を立体的に、かつ鮮明に拡大してモニターに映し出すカメラシステム。これにより、術者はまるで心臓を直接見ているかのような精密な操作が可能になります。
3. 熟練した「ハートチーム」:MICSを安全に行うには、高度な技術を持つ外科医だけでなく、麻酔科医、臨床工学技士、看護師など、各分野の専門家で構成された「ハートチーム」による緊密な連携が不可欠です。
まとめ
このようにMICSは、単に傷が小さいというだけでなく、術後の痛みや回復期間、社会復帰といった多くの面で、患者さんの負担を軽減する手術方法です。