外科医が恐れるSSI、CDCが推奨するドレーンに関しての感染対策は?
19世紀の中頃まで手術患者の多くは術後に発熱し手術創から排膿して敗血症を患い死亡していました。1860年代に「抗菌」という概念が導入されたことにより感染が制御され、外科手術の質は劇的に改善しました。感染の制御は手術室の換気、滅菌方法、手術手技、無菌的処置、予防的抗菌薬の使用法などにより進歩してきましたが、「手術部位感染(Surgical Site Infection : SSI)だけは術後患者の発病原因(国内手術患者の約6%:2019年)となり続け、人的及び経済的コストは約300億円(年間手術件数を60万症例と仮定:80万円/1件当り)に上っています。そうした中で、第一線の研究によれば、SSIの約半数はエビデンスに基づく対応により予防できると推定されています。そのエビデンスを構築し勧告している最も信頼されている機関がCDCです。
◆CDCとは
(Center of Disease Control and Prevention)の略で米国疾病予防管理センターのことです。 米国の政府機関であり、1992年に設立され15,000人の職員と年間約1兆円の予算で 運営されています。CDCは全米の100を超える研究所と連携し、常に最新のデータを収集・分析しています。多数の職員が国内外の機関と連絡を取り合い、世界各地の感染症状況をリアルタイムで把握しています。また新型コロナウイルス感染症の拡大時には、米国内での感染拡大を警告し、国民への具体的な感染予防対策(例:マスク着用、換気、衛生習慣の強化など)を迅速に発信し、緊急時には、感染経路や原因特定を行う「病気の探偵」と呼ばれる疫学専門家(EIS)をいち早く現場に派遣し対応にあたります。 CDCより勧告される文書は極めて多数の文献やデータに基づいて構築されていて世界共通のルール、常識とみなされています。CDCが勧告するガイドラインには色々なものがありますが、とくに有名なものが1999年に出されたSSI予防ガイドラインです。
◆ガイドラインとは
(診療)ガイドラインは、同じ病気の患者さんでも個々の医師や病院によって治療法が異なることがないように標準的な治療方針を最新のエビデンスに基づいてまとめたものです。医師はこれにより、推奨される治療法をすぐに知ることができ、多くの臨床現場で高い診療レベルを保つツールとして活用されています。 診療ガイドラインは、メタアナリシスやランダム化比較試験などの信頼性の高い科学的根拠を重視して作成されます。推奨の強さを決定する際には、治療の利益と害のバランス、エビデンスの確実性、患者さんの価値観や希望、費用対効果などが多角的に検討されます。
【エビデンスのピラミッド(ヒエラルキー)】
◆勧告のカテゴリー CDCのガイドラインでは、推奨の強さを示すためにカテゴリー分類が用いられています。これは、推奨の信頼性を評価する上で非常に役立ちます。推奨の強度は、主に以下のカテゴリーに分類されます。 • カテゴリーIA:実施することが強く推奨され、質の高い実験的、臨床的、疫学的研究によって強く支持されているもの。 • カテゴリーIB:実施することが強く推奨され、いくつかの実験的、臨床的、疫学的研究や強い理論的根拠によって支持されているもの、あるいはエビデンスは限られていても広く認められた手技(無菌操作など)が該当。 • カテゴリーIC:州や連邦政府の法律、規則、基準によって義務付けられている推奨事項。 • カテゴリーII:カテゴリーIA、IB、ICに該当しない、その他の推奨事項。
◆CDCのガイドラインにおいて、 ドレーンはSSIを起こさないためにどのように管理すればよいか?
① 「手術創を通じて留置されたドレーン創感染リスクを高める。(カテゴリー1B)」
⇒だから、ドレーンの挿入口は手術切開創から離れた位置に作製する!
② 「開放式ドレーンと比較して閉鎖吸引式ドレーンを使用した方が創感染リスクが低い。(カテゴリー1B)」
⇒だから、ドレーンを使用する場合は閉鎖吸引式を使用する!
③ ドレーンの留置期間が長くなるにつれ徐々に細菌の定着が多くなる。(カテゴリー1B)
⇒だから、ドレーンはできるだけ早期に抜去する!
◆意外な推奨・勧告
①術前の剃毛は行ってはいけない。(カテゴリー1A)
②手術室内の換気は1時間に最低15回、全空気交換が必要。そのためには手術室が密封 されている必要があるため手術室への無用な立ち入りは極力避けなければならない
③ プラスチック製粘着ドレープはSSI予防には意味がない。
④ ハイスピード滅菌は不意の器具落としの際の代替のない場合に限る。器具が1台しかなく2例目の手術を日常的にハイスピード滅菌で行うことは許されない、追加セットを購入する。(カテゴリー1B)
◆日本版CDCの設立 「日本版CDC」とは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)をモデルとして2025年1月に新しく設立された感染症に関する専門家組織である「国立健康危機管理研究機構」のことで『JIHS(ジース)』と呼ばれています。 JIHSは新型コロナウイルス感染症のパンデミックで初動の遅れや医療提供体制、治療薬・ワクチンの確保などの大きな課題に直面した教訓を踏まえて将来の感染症危機に備えるために設立されました JIHSは、これまでの「国立感染症研究所」と「国立国際医療研究センター」を統合して創設されました。感染症に関する基礎研究から治療・臨床研究までを一貫して担い、感染症対策の司令塔としての役割を果たすことが期待されています。 「日本版CDC=JIHS」が、アメリカCDCのように、多様な関係機関との連携、専門家による独立した情報発信、迅速な対応力を確立していくことが期待されます。
